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恵比寿講とべったら漬け 神無月に恵比寿様は地元に残る

最終更新: 1月14日

恵比寿様は五穀豊穣の神様です。

毎年、10月20日に一年の無事を感謝し、五穀豊穣を祈る恵比寿講が各地の恵比寿神社で執り行われます。

旧暦の10月20日は、今の暦に直すと、本来は11月中旬にあたります。

なかでも有名な恵比寿講は、日本橋宝田恵比寿神社の「べったら市」。

起源は、江戸時代中期だと言われます。

恵比寿講に合わせ、地域住民は親戚知人を招いていたようです。

この時、客人をもてなすため、魚や野菜、神棚などが露天で売られ、門前市が立っていたと言われています。


それでは、どうして恵比寿講が「べったら市」と呼ばれるようになったのでしょうか。

その謂われについて、一寸調べてみました。

先ず、「べったら」という名前の由来ですが、「べったら」は、大根を浅く塩漬けにし、米麹の床に漬け込んだものです。

米麹に甘酒や砂糖、飴など糖分を加えて作られているため、漬け物なのに甘く、表面はベタベタしています。

露天商の売り子がふざけて、 「ほら、買わずに通ると着物にくっつくよ」 「べったらだ~ べったらだ~」 と着物の袖に付け、からかったことから「べったら漬け」の名前になってしまったそうです。


今では到底、考えられません。

そんな事を遣ったら、通報ものです。

若し、着物に食べ物を故意に付けようものなら、それこそ犯罪です。

江戸時代、そんな戯れは普通の感覚だったのでしょうか。

一歩間違えば、冤罪でも獄門、晒し首の時代だったということは、それだけ下々の秩序は保たれていなかったと考えて良いのでしょう。


大根を干さずに漬け込むため、沢庵とは違い水分が多く、シャキッとした歯触りが特徴です。

江戸時代、甘いものが少ないため大変人気を博し、次第に「べったら漬け」を売る店が多くなったと考えられています。

その「べったら漬け」が、日本橋の恵比寿講で良く売られて名物となり、そのまま「べったら市」と呼ばれるようになったと言われています。


宝田恵比寿神社のご神体は、恵比寿様。

鎌倉時代の名匠、運慶の作と伝えられています。

残念ながら、拝見したことはありません。


10月(神無月)は全国の神様方が出雲へお出掛けになるので、恵比寿様もお留守とばかり思っていました。

しかし、恵比寿様は御祭神なので地元に残って居られるそうです。


10月(神無月)、八百万の神々が出雲大社へお集まりになるには、それなりの理由があります。

10月16日が伊邪那美命(イザナミ)のご命日なので皆集い、そこで男女の縁結びを話し合うためと言われています。

しかし、母の命日に息子が出席しないようであれば物議を醸すことでしょう。


恵比寿様の生い立ちは、伊邪那岐命(イザナギ)と伊邪那美命(イザナミ)の間に生まれた蛭子命(ヒルコノミコト)が未熟な子だったため、葦舟に乗せられ沖へ流されたというお話が古事記に登場します。

どのような経緯で変化したのか分かりませんが、後になって蛭子は恵比寿へ、縁起の良い字に当て替えられたと言うことです。


欠席の理由が若し生い立ちにあるとすれば、それはそれとして何となく理解出来なくもありません。

しかし、手前勝手な解釈ですので、決して鵜呑みになさらないようお願い致します。

何しろ、神話の世界ですから。