本当にそんな事あったのか 濡衣の由来

最終更新: 6月16日


「濡れ衣」という言葉の由来をご存知でしょうか。

福岡市博多区に、その由来となった塚が残されています。

奈良時代、国司として都から佐野近世(ちかよ)という役人が筑前へ赴任したそうです。

妻と娘をつれて赴任したのですが、妻が病死。

地元の女性と再婚したそうです。

しかし、新妻は前妻の娘、春姫が気に入らず、地元の漁師を金品で丸め込み、「春姫が釣衣を盗む。」とその漁師が、佐野近世へ訴え出るように仕向けたのです。

まさかと思いつつも、佐野近世が夜中に春姫の寝ている部屋を覗くと、濡れた釣衣を見付けます。

佐野近世は逆上し、春姫の話も聞かず、その場で切り捨てたというお話です。



冤罪は、世の中に掃いて捨てるほどあります。

多分、何方も一度や二度、小さな経験があろうかと思います。

「密室の悪臭はお前か?」など、可愛いものはまだしも、周囲に波紋を広げ、迷惑を被るものは困ります。



私が小学生の頃、何か無くなった時、良く犯人にされてしまうM君が居ました。

M君は、剽軽でお調子者。

M君なら仕方ない、そう言うキャラクターです。

ある日、担任の先生が帰りのホームルームで「Kさんの給食費が無くなっている。 誰か知っているものは居ないか。」と言い始めました。

昔は給食費が必要で、給食袋と呼ばれる茶封筒へお金を入れ、学校へ持って行くのです。

なかには給食費が払えない家庭もありますが、自分で猫糞する悪い子も居ました。

「正直に言ったら許すので、申し出なさい。」

当時、1クラス40名程でしたが、誰も名乗り出るものが居ません。

「よし、それなら今から皆、目を閉じなさい。」と言い、生徒全員の目を閉じさせます。

薄目を開けて伺うものが居ると空かさず、「こら!目を閉じろ、目を! ギューと目を閉じて!」と激が飛びます。

「ハイ、手を上げて。」と

再度促し、沈黙が続きました。



5分か10分経ったでしょうか、「ハイ、よーし。 手を下ろして、目を開け。」

一応、分かった様なのですが、一寸様子が可笑しい。

私も、途中で薄目を開けて見た限り、複数の生徒が手を上げていたようなのです。

そのなかには、M君も居ました。

M君の家は仕事で忙しく、いつも家の手伝いをしていました。

朗らかな人柄で、親友もいます。

親友は、一緒に遊ぶ時間を作るため、家の手伝いを分担している程でした。



事の顛末は、早く終わらせ家に帰れるようにと、仕方なくM君が手を上げました。

薄目を開けて見ていたのは、私だけではなく、その親友も見ていたのです。

親友は、M君を庇うため手を上げました。

しかし実際、誰かが盗んだものではなく、Kさんが鞄の中へ落とし、袋の中身が無くなっていたというお粗末。

今では到底考えられませんが、濡れ衣を自ら羽織る人を作り出すようなパワハラが、昔は普通にありました。



福岡市博多区にある濡れ衣塚は、南北朝時代(西暦1344年)に建立されたものと石碑に刻まれているそうです。

話の舞台となった時代は、石碑建立から600年も遡ることになります。



濡れた釣衣と言うと、汚い作業着でしょうから、余程特殊なコレクターでない限り、盗もうなどとは思いません。

若し、本当に汚い作業着が部屋に置いてあったとしても、それを見て逆上し、娘を切り捨てるなど、普通ではあり得ません。



本当にあった話かどうか、その真否は分かりませんが、大昔から勘違いや思い違いで冤罪を被る人もいれば、自分の利益のため故意に冤罪を目論む輩がいたということでしょう。

1300年以上経た今でも、人間の悪い部分は余り変わっていないと感じます。

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