初句は一体何なのか 謎の口癖

最終更新: 6月16日


「うしろすがたの にてあれば よもつひらさか こえんとおもう」



亡くなった義父が、昔よく口にしていた言葉だそうです。

ある日、唐突に義母が話を切り出しました。

「これどういう意味でしょうね。」

自分で、メモ用紙に鉛筆で書き込み私に差し出しました。

「これ、どうしたのですか。」と義母に問うと、

「主人がね、ドライブしている時、なんだか知らないけど良くこれを言っていたの。一体なんでしょうね。」

どういう意味か、全く分からないと言います。



初句のない和歌かも知れません。

しかし、ネットで探しても出てこないのです。

義母は高齢ですが、幸いにも今のところ認知機能は年齢相応。

実際に義父が何時も、この和歌らしきものを言っていたことは間違いありません。

和歌の初句がない、とすれば曖昧です。

しかし一応、考えてみました。

内容からすると、どうも後ろ姿が誰かに似ている人物がいると思われます。



よもつひらさか(黄泉平坂)とは、古事記に登場するこの世とあの世を繋ぐ坂。

古事記には、黄泉平坂を舞台として次のような話があります。



イザナギ(伊邪那岐)の尊とイザナミ(伊邪那美)の尊は、島や国作りを終え、更に神々を創造し、最後に火の神を産みます。

この時、イザナミの尊は大火傷を負ってしまったのです。

イザナミの尊は亡くなり、黄泉つまり、あの世に行ってしまいました。



イザナギの尊は、イザナミの尊に会いたくてたまりませんでした。

イザナミの尊は、黄泉の国へ来てしまったからには、黄泉の神へ相談しなくてはならない。

暫く、待っていて欲しいとイザナギの尊へ伝えます。

しかし、いつまで待ってもイザナミの尊は帰ってくる様子がありません。

痺れを切らしたイザナギの尊は約束を破り、イザナミの尊を探しに黄泉の国へ入ったのです。



探した挙げ句、見つけたイザナミの尊は腐乱し、醜い身体になっていました。

約束を破り、醜い姿を見られたことに怒ったイザナミの尊は、逃げるイザナギの尊を黄泉平坂まで追いかけます。

イザナギの尊は、命からがら黄泉からこの世へ逃げ帰った。

と言う話が出てきます。



つまり、黄泉平坂はあの世への出入り口。

後ろ姿が似ている人物が誰かと特定するならば、話し掛けている相手だと思います。

後ろ姿が貴方だと解れば、私はあの世へ行くのも厭わない。

という意味ではないでしょうか。



義父が他界し、既に十年以上。

亡くなった義父に、和歌を嗜む趣味はありませんでした。

一体、誰が作ったのか、何故これを知っていたのか、今となっては分かりません。

何度も繰り返し、口にしていたのでしょう。

冒頭の部分を、義母は確り覚えています。

義父は、何かを伝えたかったに違いありません。

昭和一桁世代、若しかして精一杯の愛情表現だったとも考えられます。

例え、言った相手にその意を理解して貰えなくても良かったかも知れません。

寧ろ、意味を理解して貰えない方が、言葉にし易かったとも考えられます。



連歌のように、初句は自分で作るよう投げ掛けたのでしょうか。

何を据えれば良いのか、若し会えれば、あの世で聞いてみたいものです。



言葉の並びから、勝手に和歌を連想しているだけならどうしましょう。

何れにせよ、想像だけでは何も判断できません。

メモを渡され数年経過しましたが、義母への返答はできず、メモは未だ机の引き出しの奥でそのまま眠っています。



因みに

島根県松江市東出雲町には、黄泉平坂伝承の場所があるそうです。

黄泉平坂の入り口には、千引の岩と呼ばれる大きな岩があり、イザナギの尊が現世へ逃げ帰る時、追っ手を遮るために岩を置き、道を塞いだと伝えられています。

その岩が、墓石の始まりではないかと言われているそうです。

一度、行ってみたいと思いますが、遠くてまだ願いは叶いません。

神話の世界は神秘のままが良いと思い、自分を慰めています。


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