アクビは脳の冷却と覚醒をもたらす

最終更新: 6日前

今年の夏は本当に暑かった。

全国で観察された酷暑の記録は塗り替えられ、テレビでは毎日のように熱中症への注意が伝えられました。

しかし、「こんな暑さは、今まで経験したことがありません」と言えば嘘になります。

かなり昔の話になりますが、ある病院に勤務していた頃、危険なほど暑い医局で過ごした経験があります。

当時、勤務していた病院の医局は、改築のためプレハブ小屋。

真夏の暑い最中、プレハブ小屋で過ごした経験をお持ちの方は、余りいらっしゃらないだろうと思いますが、非常に暑いです。

無論エアコンはついているのですが、そもそも断熱性が低い。

折角、冷えた空気が出てきても、直ぐ暑くなります。

それよりも、外から薄い壁を通して伝わる熱で、部屋の壁側に居ようものなら、熱波が肌に張り付いて来るのです。

壁からジリジリ迫りくる熱気に堪えなくてはなりません。

そんな環境でも、診察を終え一息つくのは医局しかありません。

しかも厳しい暑さの中、更にエアコンを切る輩がいたのです。


都内某大学附属病院から毎日、交代で非常勤の先生が勤務していました。

大学病院での仕事は、忙しく大変です。

当直明けで更に勤務となれば、さぞかし辛いことでしょう。

医局でちょっと仮眠したくなるのは当然。

それは仕方ないことです。

しかし、困ったことに真夏の暑い最中、プレハブ小屋の中でエアコンを切って寝る。

これは、殆ど自殺行為です。

自ら熱中症で死を選ぶのは構いませんが、複数の人が利用する医局では大変迷惑します。

折角、エアコンをつけて出て行っても、帰ってきたらエアコン切って寝ているのです。

本当に、「このままだと死ぬぞ。」と思っても、寝ている人を起こす訳にも行きません。

疲れて眠っていることを知っていて、睡眠を妨げるのは無粋です。

結局、泣く泣くそっと耐え忍ぶしか選ぶ道がありませんでした。

白衣は脱いでも、それ以上脱いで裸になれば変質者扱いです。

しかし、仮に裸になったとしても、まだ暑いに違いありません。

何しろ、室温は32℃。

外気温と大差はないのです。

「そんなに暑いところが好きなら、医局の外で寝て欲しい。」

と言いたいところですが、それをお願いする訳にも行かず、鬱憤は募るばかりでした。


こんな環境のなかにいると、頭はボーとなりアクビが出始めます。

これはもう、熱中症の症状ではないのか。

真剣に生命の危機を感じました。


ところで、アクビはどうして出るのかご存知でしょうか。

疲れた時や眠いときにおこる動作ですが、不思議なことに詳しいメカニズムは良く分かっていないのです。

昔から、脳の酸素分圧が低下したときに起こる反射であると考えられていましたが、どうも酸素分圧の低下は観察されないため、最近はアクビの動作により脳の温度を下げているのではないかという考えが定着しています。


アクビの反射を司る中枢は、脳の視床下部にある室傍核という場所にあるのだそうです。

医学書院の医学大辞典にもアクビの頁があり、

視床下部室傍核(オキシトシン含有細胞を含む)が中枢と考えられている。視床下部室傍核から延髄の呼吸・循環中枢,唾液核,顔面神経核,脊髄などに投射し,呼吸・循環系,自律神経系,脊髄運動系の広汎な反応を引き起こす。

と記されています。

この視床下部の室傍核に刺激を与えた実験を、色々な研究者が行って来ました。


2010年頃の研究ですが、当時の東邦大学医学部生理学講座が行った研究によると、視床下部の室傍核にオレキシン(神経ペプチドのひとつで、摂食行動の制御因子であり、また覚醒の維持に重要な役割を担っていることが分かっています。因みに、比較的最近の睡眠導入剤には、オレキシン受容体拮抗薬という種類の薬が存在しています。)を投与してアクビを誘発し、この時同時に脳波をみると覚醒している時にみられる脳波が確認されるため、アクビによって脳は「覚醒」すると結論づけています。


実験を行った東邦大学医学部生理学講座の有田先生と鈴木先生は、アクビに「覚醒」と「警鐘」の二つの意味があると述べています。

確かに、眠たくなるとアクビが出るのは、脳を覚醒させる効果があるためだろうと思われます。

アクビをすると、少しスッキリしたような気がします。

人の話を聞いているときにアクビをするのは無礼だと思われますが、脳の覚醒効果から考えれば、一生懸命話しを聞こうとする態度だと褒められるべきなのかも知れません。

寧ろ、眠くなる話に問題があると言えるでしょう。

これを読んでいる方にも、既にアクビが出ているのではないかと心配しています。


もう一つの「警鐘」は、心筋梗塞や脳梗塞など循環器疾患でみられるアクビです。

脳の血流低下により起こるため、重大な事態への警告と考えられます。

同じ頃の研究ですが、ニューヨーク州立大学オネオンタ校のアンドリュー・ギャラップ准教授が行った実験では、ラットの脳に電極を埋め込み、脳の温度を測定したところ、温度が0.1度上昇するだけでアクビを誘発し、アクビをすると温度が0.4度低下したとの報告を行っています。

これからすると、脳のオーバーヒートを防ぐためアクビをしていると考えられるのです。

脳内にある温度が高くなった血液を脳の外へ排出し、相対的に低い温度の血液を脳へ送り込んでいるのではないかと説明されています。

脳へのダメージを防ぐために警鐘を鳴らし、同時にその対策として冷却を行っていると考えて良いのでしょう。

何れにせよ、視床下部室傍核に与えられた何らかの刺激(温度変化やグルタミン酸、神経ペプチドのオレキシンなど、最も有力な刺激は温度上昇)によってアクビを起こし、脳を冷却し、更に覚醒しようとすることは間違いないようです。


因みに、「欠伸」と書いてアクビと読みます。

もともと、「欠」だけでもアクビの意味があるそうです。

アクビをする時、手足を同時に伸ばす動作を「伸」で表し、一連の動作を「欠」と「伸」の二つ合わせて作られた当て字ではないかと考えられています。


このアクビに相当する動作は、殆どの動物で確認されるそうです。

アクビが非常に原始的な反応であると同時に、自らの生命を守るために必要とされている反応だということを表しています。


プレハブ小屋の医局で経験したアクビは、生命の危機に対する警鐘だったと考えられます。

もう少しで、危うく倒れるところでした。

「この怒りの捌け口はないものか。」と考え、怒りをノートに書き殴りました。

あまりにも汚い言葉ばかりなので、残念ながら公表できません。

その昔、昭和33年に、島倉千代子さんが歌ってヒットした「からたち日記」という歌謡曲がありました。

歌謡曲とは全く関係ありませんが、題名をもじって「腹立ち日記」という記録を残していた人物がいます。

釈明しておきますが、私ではありません。

役に立っていたかどうかは知りませんが、少なくともストレスの捌け口になっていたとは思われます。

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